ホライズンカレーワークスと同じ、美浜の「アメリカンビレッジ」の一角に、真っ赤なロンドンバスを停めた店があります。1991年創業の「ダブルデッカー」。イギリスのパブを掲げながら、店内にはアメリカのヴィンテージ雑貨や「コカ・コーラ」の古い看板も並びます。なぜ、この街でイギリスだったのか。その答えを、代表の兼城和彦さんに聞きました。
憧れのはじまりは、10セントの「コカ・コーラ」だった
※建物の柱と壁のあいだに、ぴたりと収まった真っ赤なロンドンバス。行き先表示は「LIVERPOOL ST」。車内は客席になっていて、ここで食事もできます
北谷町美浜、「アメリカンビレッジ」として知られるこの街の一角に、真っ赤なロンドンバスが停まっています。イギリスのパブを思わせる店内には、英国から取り寄せたアンティークがずらり。けれど棚や壁をよく見ると、そこにはアメリカのヴィンテージ雑貨や「コカ・コーラ」の古い看板が並んでいます。
イギリスの店に、なぜアメリカのものが。代表の兼城和彦さんにたずねると、話は子どもの頃までさかのぼりました。
※重厚な木のカウンターに、「BEERS」「WHISKY」「WINES」の文字。イギリスのパブそのものの一角に、「コカ・コーラ」の赤い看板が並びます
「沖縄がまだアメリカの統治下で、通貨がドルだった私の子ども時代。小銭を握って近所の商店に行くと、当時は地元の小さなメーカーがつくるコーラを含め、いくつもの銘柄のコーラが並んでいました。でも、そのなかで、『コカ・コーラ』だけは違っていたんです。ほかのコーラは5セントだったんですが、『コカ・コーラ』だけは10セント。だから、昔から特別な存在でしたね。子どもの頃から、すごく『コカ・コーラ』に憧れを抱いていた。それがきっかけで、アメリカの文化にも興味を持つようになったんです」(兼城さん)
同じ棚に並びながら、ひとつだけ値段が違う。子どもにとって、その差はそのまま憧れの大きさだったといいます。
「それから、当時、僕の家の2軒隣に外国人の方が住んでいたんですが、その家の庭がとても広くて、そこに自転車や大きなおもちゃが置かれていたんです。それを見て、『わあ、アメリカってすごいな』と。そういうのも、憧れを強めたんでしょうね」(兼城さん)
やがて大人になった兼城さんは、憧れだったものを自分の手元に集めるようになります。店内に飾られた「コカ・コーラ」の看板も、そうして集まってきた一枚でした。
※店内のあちこちに掛かる「コカ・コーラ」の看板。ブリキにネオン、丸いボタン型と、形も時代もばらばらです。どれも実際にアメリカで使われていたもの
「どれもレプリカじゃないですよ。アメリカで実際に使われていたヴィンテージもの。アメリカから取り寄せることもあれば、沖縄にいるアメリカ雑貨のヴィンテージディーラーから譲り受けることもあります」(兼城さん)
あの日、10セントを握りしめて見上げた憧れは、いまもこの店を彩っています。
アメリカが日常だったから、イギリスを選んだ
これほどアメリカに憧れを抱いた兼城さんが、なぜイギリスの店を開いたのでしょうか。ダブルデッカーの1号店ができたのは1991年、嘉手納基地の第1ゲート向かいでした。平屋の外国人住宅が並び、隣にはアメリカ人が暮らす一角。その庭に、兼城さんは真っ赤なロンドンバスを据えたのです。
きっかけは、飲食店を始めようと考えたことでした。ただし、普通の店ではおもしろくない。そこで兼城さんが求めたのが、店の顔になるシンボルでした。
※代表の兼城和彦さん。子どもの頃の記憶から店を始めた頃の苦労まで、たっぷりとお話を聞かせてくれました
「沖縄になくて、皆さんが知っているもの。そして、できれば、お客さんが入ってみたいと思う構造物が欲しかったんです。新幹線でもジェット機でもよかった。ただ、ロンドンバスなら沖縄に本物が一台もないし、見れば誰もがイギリスだとわかる。これだな、と」(兼城さん)
もうひとつ、イギリスに傾いた理由がありました。
「もともと好きなミュージシャンが、ビートルズやローリング・ストーンズといったイギリス系だったんです。それに沖縄は、日常的にアメリカがある県じゃないですか。僕らも子どもの頃から、身の回りはもともとアメリカみたいなもの。だったら、ちょっとイギリスっぽいのもいいかなと。勝手な思い込みですけどね(笑)」(兼城さん)
※壁際のガラスケースには、ロンドンバスのミニチュアがずらり。手前のジュークボックスにはローリング・ストーンズのロゴが貼られています
それから数年後、美浜の海沿いで大きな開発が動き出しました。のちに「アメリカンビレッジ」と呼ばれるようになる、この一帯です。
「そのなかに建つビルをプロデュースした方が、うちを入れたいということで、オーナーさんにお願いしてくれたらしいんです。当時の美浜は、まだ埋め立ての途中。いま店が面している通りも、その向こうの一帯も、かつてはすべて海でした」(兼城さん)
こうして1998年、ダブルデッカーは2号店として美浜にやってきます。その際、もっとも大変だったのは、バスの設置だったといいます。用意されたスペースは、柱と壁のあいだのちょうど1台分です。
「工事の人たちが、誰もやりたがらないんですよ。じゃあ自分で、と。古い車だし、エンジンはかからないから、ハンドルを手で持って、足で操作しながら切って、牽引車で引っ張ってもらって。あの細いところにどうにか入れたんです」(兼城さん)
※兼城さんが自ら押し込んだ、そのバスの中。いまはその車内は客席として使われていて、天井の曲線もハンドルも当時のままです
英国のアンティークと、アメリカのヴィンテージ。イギリスのパブと、アメリカの街。この店に並ぶものを、兼城さんは「本当にごちゃごちゃなんですけど、まあ、沖縄でいうチャンプルーですよね」と笑って話します。
洋食屋の看板と、パブの一皿が並ぶメニュー
※看板のビーフシチューオムライス(1480円)。北谷町の飲食店が自慢の一品を競う「C-1グルメバトル」を二度制した一皿です。卵を崩すと、下から濃厚なビーフシチューが顔を出します
そんなダブルデッカーの看板といえば、30年以上つくり続けているビーフシチューオムライスです。じっくり煮込んだビーフシチューの上に、とろとろの半熟卵をのせた一皿。ただし兼城さんによれば、その味はずっと同じではないといいます。
「伝統の味を受け継いで、なんてよく言いますけど、うちらは時代時代でちょっとずつ変えているんです。卵の焼き方も変えてきましたし、いまは生クリームを入れたりもしています」(兼城さん)
頑なに守るのではなく、その時々でおいしいと思うほうへとアレンジする。この店に味を縛るルールはありません。
※バックバーに、ずらりと並んだ酒瓶。奥の鏡にはダブルデッカーの創業年と店名、そしてロンドン交通局の文字が入っています
一方、この店にはもうひとつの顔があります。イギリスのパブとしての顔です。カウンターにはたくさんの酒瓶が並び、夜になれば一杯を目当てに訪れる人も少なくありません。そして、そんなパブらしい料理こそ、「コカ・コーラ」と一緒に注文されることの多い2皿だと兼城さんは言います。
ひとつは、フィッシュ&チップス。イギリスと同じくタラを使い、衣にもこだわりがあります。
※フィッシュ&チップス(1480円)。添えられるのは、タルタルソースとケチャップの2種類です。ごつごつとした衣の表情は、生地にビールを使っているからこそ。イギリス生まれの一皿に、アメリカ生まれの一杯を合わせて
「衣には地元のビールを入れているんです。ビールを入れると、衣がカラッと揚がって、さくっと軽い食感に仕上がるんですよ」(兼城さん)
そして、もうひとつが、店名を冠したデッカーウイング。何種類もの香味野菜とハーブを煮詰めた漬け汁に手羽先を漬け込み、特製の粉をまぶして焼き上げます。20ピースのパーティーサイズまで用意があり、なかには40ピースを平らげる人もいるのだとか。
※デッカーウイング 5ピース(1400円)。粉をまとった表面は、噛むと香ばしく仕上がっています。レモンを搾ればさらに後を引く味に。1本、また1本と進むうちに、グラスの「コカ・コーラ」も減っていきます
「フィッシュ&チップスは、魚の天ぷらみたいなものですし、ポテトもついていますから油をさっぱりさせてくれる炭酸がちょうどいい。一方、デッカーウイングはしっかり味がついたチキンなので、その濃さを受け止めてくれる。やっぱり最強じゃないですか、『コカ・コーラ』との相性が」(兼城さん)
※子どもの頃に憧れた一本を、いまはお客さんに提供する側に。35年前から変わらず、この店には「コカ・コーラ」があります
イギリスのバスに、アメリカの看板。イギリスのフィッシュ&チップスに、日本のオムライス。ごちゃ混ぜを貫くダブルデッカーは、今年35年目を迎えました。オーナーの兼城さんが子どもの頃に憧れた10セントの一本は、いまこの店で、料理とともに楽しまれています。
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