那覇市の中心部からほど近い港町、泊(とまり)。マグロをはじめ新鮮な海の幸が並ぶ市場や離島への玄関口として知られるこの町に、2019年11月に生まれた「とまり食堂」。料理は丁寧につくる。けれど、飲み物はお店から出さない。そんな不思議なスタイルの理由を、店主の新城エリヤさんに聞きました。
転勤族の町に、あえて食堂を開いた理由
※とまり食堂の自慢の一品、ゆし豆腐を手に微笑む店主の新城エリヤさん。その後ろには、店の看板である宇那志豆腐店の豆腐を紹介するパネルと、「コカ・コーラ」のサインが
とまり食堂がある泊は、昔から東京の大企業から転勤や単身赴任でやってきた人たちが多く暮らす町として知られています。店主の新城さんがこの町で店を開くことを決めた理由には、このことが大きく関係していました。
「特に単身で暮らす人にとって、毎日の夕飯は意外と切実な問題です。仕事を終えたあと、一人分の食事をつくるのが難しい日もあります。だからこそ、気軽に寄れてちゃんとした食事ができる食堂の存在が大切ですが、近年、沖縄では食堂が減少傾向にあるんです」(新城さん)
そうしたなかで、この地で、カフェでも居酒屋でもなく、あえて食堂を開きたい。そう考えた新城さんは2019年11月にとまり食堂の暖簾を掲げました。すぐ近くには泊漁港があり、鮮度のいい食材を仕入れられることも、この町を選んだ後押しになったといいます。
※白い漁船がずらりと並んだ泊漁港。夜のメニューには、ここで揚がった新鮮な魚も並びます
そんな新城さんが目指すのは、「地域の皆さんに愛されるお店」であること。
「お客様の中には、お一人で来られるお年寄りの方もいらっしゃいます。そういう方々にも愛される料理を出したいなと思っていて」(新城さん)
「実際に店が地域に根づいてきた実感はありますか?」と尋ねると、返ってきたのは意外なエピソードでした。なんと、学校帰りの子どもたちが、水を飲みにふらりと立ち寄っていくというのです。
「店の前を行き来する子どもたちに『おかえり』『おはよう』と声をかけていたら、その子どもたちが『お水をちょうだい』ってお店の中に入ってくるようになって(笑)。あるとき、マフィンをあげたことがあったんですが、そうしたら『今日もおやつある?』って聞いてくるんですよ(笑)」(新城さん)
※通学路に面した、とまり食堂の外観。この道を、子どもたちが毎日行き来するといいます
大人には家の食卓の代わりを、子どもたちには通学路の寄り道先を。とまり食堂はこうして、泊の日常に自然に溶け込んでいました。
こだわりの豆腐と味噌が生んだ、二枚看板
そんなとまり食堂には、特にこだわっている食材があります。豆腐と、味噌です。
豆腐は、糸満にある宇那志豆腐店のもの。昭和60年創業の木綿豆腐・ゆし豆腐専門店で、地釜で焦げつくギリギリまで炊き上げることで、糖度8%という甘さを豆から引き出しています。
※宇那志豆腐店のゆし豆腐。実は新城さんと共に働くスタッフの大城世子さんは、この豆腐店の社長の姉にあたります。作り手との距離の近さも、この店の味を支えています
「ゆし豆腐はたくさんありますが、特にふわふわのゆし豆腐にこだわっているのがこちらだった」と新城さんが言うように、豆本来の甘みと豊かな香り、そしてなめらかな舌触りが、この店の豆腐ならではの持ち味です。
味噌は首里の玉那覇味噌醤油がつくる「王朝みそ」。琉球王朝時代に創業された、160年以上の歴史をもつ老舗で、添加物も化学調味料も使わず、沖縄の高温多湿な気候を生かした天然醸造でじっくりと熟成させています。
※首里の玉那覇味噌醤油がつくる「王朝みそ」。戦時中の激しい爆撃で工場が倒壊しながらも、蔵に住みついた麹菌を守り抜き、天然醸造の製法を今に伝えています
「歴史が長いことはもちろん、作り手さんが手作りで一生懸命つくられているところ。それに、工場を見学させていただいたときに、そこで働いている方たちの人柄に心を打たれたのも決め手になりました」(新城さん)
そして、このこだわりがそのまま形になったのが、とまり食堂の二枚看板になっているゆし豆腐定食と王朝味噌汁定食です。
※盛りつけの一手間にも、お店の思いが表れています。ゆし豆腐の器の中には、ハート型に抜かれたにんじんが。「笑顔になって、そこから会話が生まれるように」という、新城さんの心遣いです
ゆし豆腐定食は、固まる前のおぼろ状の豆腐をそのまま味わう一杯。ふわふわとやわらかく、それでいて味は濃厚。地釜でじっくり炊き上げた宇那志豆腐店ならではの甘みが、そのまま伝わってきます。沖縄では、お酒を飲んだあとの締めにゆし豆腐を食べるのがポピュラーなのだといいます。
※ゆし豆腐定食(1500円)に合わせるなら、「コカ・コーラ」を。新城さんいわく、決め手はやっぱり「コカ・コーラ」ならではの味わいと爽やかさ。豆腐の濃厚なコクを、甘みと炭酸がすっと流してくれます。暑い沖縄では、食事に「コカ・コーラ」を合わせる人も少なくありません
一方の王朝味噌汁定食は、その「王朝みそ」で仕立てた味噌汁に、宇那志豆腐店の木綿豆腐が具として入ります。首里の味噌と、糸満の豆腐。別々の土地で受け継がれてきた作り手の仕事が、この一杯のなかで出会っているのです。
※こちらが二枚看板のもうひとつ、王朝味噌汁定食(1500円)。沖縄で味噌汁は、定食の脇役ではありません。丼になみなみと注がれ、軟骨ソーキや季節の野菜もたっぷり。それだけでおかずになる一杯です。味噌の旨みが濃いぶん、食事の合間に挟む「コカ・コーラ」の一口が、また箸を進ませてくれます
「コカ・コーラ」のプルタブを開ける音から、会話が生まれる
※客席の頭上に下がる、「コカ・コーラ」のちょうちん。この店で「コカ・コーラ」は、飲み物であると同時に、風景の一部でもあります
料理にはこれだけ手をかけているとまり食堂ですが、実は飲み物については、まったく逆の考え方をしています。お店の人がつくって運ぶのではなく、お客様が自分の手で選び、自分で注ぐ。そんな、ちょっと不思議なスタイルを貫いているのです。
カウンターには、泡盛をはじめとするお酒からソフトドリンクまで、さまざまな飲み物がずらりと並びます。冷蔵庫にしまい込むのではなく、お客様の目の前へ。好きなものを選んで好きな濃さで注ぎ、足りなくなったら下から自分で取ってきてもらう。注文を受けてから店が用意するのではなく、そこに「置いてある」のです。
きっかけは、意外なところにありました。新城さん自身が、お酒を飲まないこと。
「私はお酒を飲まないので、お酒を『つくる』という発想が自分の中にないんです。それなら、お客様ご自身につくっていただくのが一番だなと思いまして」(新城さん)
※「お料理はしっかり提供しますけども、お飲み物はご自由にどうぞ」。厨房に立つ新城さんの、その言葉どおりの役割分担が、この店のスタイルです
けれど、理由はそれだけではありません。飲食店では、注文するとグラスに注がれた状態で運ばれてくるのが当たり前。手元に届いたときには、もう「完成品」になっています。でも新城さんは、その一歩手前の自分で選び、手に取り、注ぐという「過程」にこそ価値があると考えています。
「製品そのものを手に持ってもらうのがいいと思っているんです。瓶やグラスの感触って、それだけでおいしさの一部じゃないですか。お酒でもジュースでも、自分で持って注いで味わってほしいんですよね」(新城さん)
そしてこのスタイルは、店内で思わぬ効果も生んでいました。並んだ瓶を眺めながら、お客様同士が「これがいい」「あれはどう」と話しはじめるというのです。
なかでも、多くの人が思わず手を伸ばすのが、「コカ・コーラ」だと新城さんは話します。目の前に並んでいると、あの赤いパッケージが自然と目に留まり、つい手が伸びてしまう。
※「コカ・コーラ」のロゴのそばに置かれた、この日のメニュー表。料理と飲み物が、同じ場所でお客さんを待っています
「こんなふうにカウンターに『コカ・コーラ』を並べていると、誰かが『今日は「コカ・コーラ」にしようかな』とか言いながら、カシャッとプルタブを開けるんです。すると、違う年配のお客さんが『昔は瓶だったから、こうやって開けてたんだよ』なんて返して、そこで会話が生まれたりして」(新城さん)
誰かの思い出話が、いつのまにかその場にいる全員の会話になっていく。まるで、カシャッという開栓の音が、隣り合った人たちの心の距離まで縮めているかのようです。
町に必要とされる食堂であること。作り手を訪ね、惚れ込んだ食材で料理をつくること。そして、飲み物には手を出さずに置いておくこと。一見ばらばらに見えるとまり食堂のこだわりの根っこにあるのは、「人」でした。その思いに触れた誰かが、きっと今日もカウンターで「コカ・コーラ」を手に取り、隣の誰かと話しはじめているに違いありません。
動画をみる
この店舗に関する動画をご紹介
この店舗の魅力を皆様の生の声でお届け